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飼い犬の思い出

姉から電話があり、犬を飼おうと思っているとの事だった。

んで、ふと思い出したのが昔、実家で飼っていた犬のこと。
名前は「ロック」雌の秋田犬(血統書名は確か由利姫号だったと思う)。私が生まれた年にロックも生まれ、秋田県から実家に来た。
なんせ秋田犬、結構でかいし力も強い。小さいうちは散歩に連れて行ったりもできるような感じではなかったが、私が小学3年生くらいになると散歩は時々私・エサやりは毎日私のような感じになっていた。
大きな犬だったが、きわめて温厚で、むやみに吠えたりせず、他の犬がウーウー唸ってきても、涼しい顔をしているような、でも何故か唐草模様の風呂敷を持った人を見ると(30年ほど昔の田舎町、まだそういういでたちの老人がいました。)猛烈に吠える!その割りには犬小屋のすぐ横に置いておいた我が家の自転車が盗まれた時には一切吠えず、一応お前は番犬でもあるんだぞ・・・と、みんなを突っ込ませた、そんな感じのとぼけた犬でもあった。
ロックは私が5年生の頃にはだいぶ老いて来ていて、おばあさん犬になってきていた。
私がもうすぐ6年生になる頃、痩せて元気があまりにもなくなり獣医のもとに入院し、そしてそのままなくなってしまった。入院し少し立ってから、姉とバスに乗り獣医のところまでお見舞いに行ったところ、その日の朝に死んでしまっていた。お見舞いに行ったときは既に死んでしまっていて、亡骸も霊園のようなところに運ばれてしまっていた後だった。そこで、その獣医の院長婦人の対応のひどさ(ほんとに人としてどうかと思う対応だった)やなんやかんやもあったが、そんなことよりもロックが死んでしまったことの衝撃というか、とにかく悲しくて悲しくて、涙がとめどなく流れ、とてもバスになんて乗れる状態じゃなく、姉をもふりきり、家まで約7,8Kmほどの距離を夜7時くらいだったろうか?号泣しながら歩いて帰った。姉は私よりはしっかりしていたようでバスに乗って帰りましたw
まあ、そんなことを思い出したんですが、一番今でも胸に残っているのは、入院する為に獣医の車に乗るとき今までなら(何度か入院したことあり)普通に乗っていたが、最後の入院となったその時は、足を踏ん張り乗ることを嫌がり、「行きたくない!」というような、悲しいというか何というか、そんな瞳で私のほうを見ていたことです。
5年生だった私は、うっすらとロックの衰えぶりにもう駄目かもしれない・・・という感じを持っていたが、何の照れか、そこでロックのそばに行き抱きしめるとか、撫でて声をかけてやるとかすることをせず、ただなんとなく見送ってしまった。
何で、最後になったあのときにもう一度撫でて声を掛けてやらなかったのかと、今でもたまに思い出し後悔する。
文章に書いたのははじめてたが、思い出して泣きそうだ・・・

っていうのが、飼い犬との思い出で今でも心に引っかかっていることです。
んで、私も家族も犬を飼いたい気持ちは大いにあるんですが、どうやら私も含む家族全員、犬やネコのアレルギーがあるらしく、ペットショップや室内で犬猫を飼っている方のおうちへ行くと鼻水、涙が止まらなくなるため飼えないんですねー。子供の頃は外で飼っていたためか、気付いてなかったのか?アレルギーに?


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Comment
D.まさ さんの話を読んで、私も思い出しました。
中学生の頃飼っていた犬のことです。

小学校高学年の頃、我が家に迷い込んできた
一匹の犬を飼うことになったのです。
「ポチ」という名の雑種犬で、人なつこい犬でした。
私は男兄弟3人の長男でしたので、犬や弟たちと、
夕方遅くまで遊んだものです。

中学生になったある時、帰宅したらポチを囲んで
様子が変です。なんと、弟がポチを連れてさんぽの途中に
野犬狩りのための毒入り肉を食べさせてしまったのです。

私は、夜遅くまでポチを励ましましたが、父にもう寝ろと言われて
仕方なく床につきました。翌朝早く起きて見に行きましたが、
ポチは死んでしまい、父が埋めた後でした。
「なぜ、ポチが・・・。」理不尽さと悲しさと悔しさが入り混じって、
涙がこぼれました。


妻や子供たちにも話したことのない、悲しい思い出です・・・。
Re: タイトルなし
ほろすけさんにも、飼い犬にまつわる話がありましたか。
犬との死別は、とても悲しい思い出として残りますよね。
まあ、楽しい思いでもあるんですけどね。
少し前に、子供の心の成長にもいいんじゃないかと思い犬を飼おうかとも思いましたが
私を含めなんと家族全員犬猫アレルギーなことがわかり、今のところは断念しています。
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D.まさ

Author:D.まさ
40歳になっちゃった・・。
上顎癌になったのが37の秋、左眼摘出手術をしたのが38の春。
一安心していた39歳の秋に膵臓癌発病。手術不可能で重粒子腺治療。
経過は良好のはずたったが術後一年の2012年1月局所再発。さらなる治療に・・・
頭頸部の動注療法+放射線さらには摘出外科手術。
膵臓癌の重粒子線治療、抗癌剤治療。
病気後の日常、闘病、治療のブログ。
負けねーぞ、まだまだ。

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